SS

□ツミとバツ
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読んでいた本から目を上げ徐に窓の外を見れば、暗闇の中にぼんやりと虚ろに輝く爪の先の様な月が浮かんでいた。

随分と長い間本を読んでいた様な気がする。
漸く総てを読み終わったが、途中から頭を緩く締め付ける様な頭痛を感じていた。
そんな事はよくある事で、ノアールは本をたたみ強かに痛みを増した頭を押さえる。
確か、以前買い置きしていた頭痛薬があったはずだ。

ずっと座っていたせいで違和感のある腰を摩りながら、ノアールは戸棚の取っ手を引っ張った。
そして、中身を覗いて暫し逡巡する。
中には2つの薬の瓶があった。
買い置きがあったのを忘れても一つ買ってしまったのだろうか。
自分の事だというのに、よく覚えていない。
ノアールはそういった事には無頓着で、よく同じものを何個も買ってしまう事があった。
どうせまたそんな事だろうと思ったノアールは、2つあった瓶の一つを取ってふたを開ける。
取り出した錠剤を口に含んで、キッチンへ向かう。
グラスに水を注いで、一気に喉の奥へ流し込んだ。

服薬した瞬間に頭痛が治る、というわけではないので、取りあえず横になる事にする。

ベッドのサイドテーブルに置かれているルームランプの光を弱くして布団を被り、眼を閉じた。

壁に掛けられた時計の秒針が静かに時を刻む音を聞いていると、次第に意識が遠のいてゆく。
脚の位置を変えようと布団を蹴った瞬間だった。

「…っ!?」

布に擦れあった肌からぞくりとした甘いシビレが背筋を震わせる。
それはまるで、爬虫類の冷たく湿った舌先が太ももをはい上がるような感覚だった。
ノアールは思わず息を詰め体を強張らせたが、一度感じてしまった感覚はじっと身動きを取らずにいてもぴったりと纏った服の感触でさえおぞましいものへと変えてゆく。
体に張り付いた衣服の総てが生き物の這う感触にとっと変わる様な…

「っ…!」

ノアールは布団を跳ねあげてベッドから飛び降りると、以上に乾いた喉を潤すためにキッチンへと向かった。
その間もずっと何かに体中を舐められている様な感覚が纏わりついている。

「は…っ…」

震える手で蛇口を捻り、グラスに水を注いで一気に飲み干した。
皮膚に纏わりつく異様な感覚は消えない。

悪寒とも、寒気とも付かない感覚…。

風邪でも引いてしまったのだろうか。
否、風邪などなんども引いた事がある。
このような感覚ではなかったはずだ。

では、一体何なのだろうか。

原因を探ろうと思考をフル回転させるも、体中を這いまわるような感触はそれを邪魔するばかりか一層強みを増してノアールを苛んだ。

「ッぁ…」

ぬるり、と、体の内側に何かが入ってくるような錯覚に、ノアールの膝から力が抜ける。
がくりと床の上に膝を付き、ノアールは自分の下半身に走った違和感を確かめるべくそこへ触れた。

「ッ…ふぁ…ッ!!」

背骨を駆け上がりダイレクトに脳髄を刺激する強烈な、快感。
思わず達してしまいそうになる程の衝撃。
がくがくと脚が震え、何かがおかしいと思っているのに、最早それすらもどうでもよく思えてきた。
それよりも、もっと…もっと…性的な快楽を、と体が訴えている。

理性が大きな音を立てて崩れて行くのを、どこか遠い場所で聞いている様な自分がいた。











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